2007年11月06日

寺元が6度目の挑戦で初優勝

 3日に開催された剣道全日本選手権を見てきました。結果はすでにご存知でしょうが、大阪府警勢が4強中3人を占めた中で、決勝は同府警の寺本将司六段が高鍋進六段(神奈川県警)を破り、寺元将司選手が6度目の挑戦で初優勝を飾りました。

 明暗分けた10分間の試合時間

 10分間。今年から倍になった決勝の試合時間が明暗を分けたともいえるでしょう。試合開始3分過ぎたころ、高鍋選手が寺本選手の面を捉え1本先取しました。従来通りなら、高鍋選手の逃げ切りも可能だったかも知れません。しかし、残り7分近くあると、難しい。

 果敢に2本目を取りに来る高鍋選手。対する寺本選手は強引にも見えた逆胴(ぎゃくどう)でしのぎます。結果的に、これが布石となり、寺本は残り2分で間合いを詰めた高鍋のメンを奪い追いついたのです。下、下と攻めて上を狙う、これが見事に決まったと言えるでしょう。
 試合は延長戦へ。延長4分23秒、互いにメンを打ち合うが、竹刀を担ぎ気味にメンに跳んだ寺本が、一瞬早かった。 この瞬間寺本選手の初優勝が決まりました。

 期待の内村準々決勝で敗退

 注目の内村良一(警視庁)五段は、準々決勝で佐藤博光選手(大阪府警)に惜しくも1本負けで敗退し、残念でした。開始10秒、34歳のベテラン佐藤選手の立ち上がりを突いた思い切りのいい飛び込み面が決まりました。

 連覇が難しい剣道全日本選手権ですが、相変わらず切れのいい技を積極的に繰り出す内村選手の勝ち上がり方を見ていると、連覇への期待が高まりました。しかし、試合開始早々佐藤博光六段に面を1本取られ、惜しくも破れました。

 この試合を見て感じたのが、佐藤選手の消極的な戦いぶりです。試合開始直後、佐藤選手の見事な飛び込み面が決まりました。内村の出頭を長身を生かした佐藤選手の素晴らしい面です。

 しかし、その後の佐藤選手は内村選手の懐まで竹刀を差仕入れ、打ち間を取らせません。作戦といえばそうですが、あまりにも消極的です。内村選手は極端に近い間合いを嫌い、ひたすら後へ下がりつつ自分の打ち間を作りながらも果敢に攻めます。

 それでも佐藤選手は内村選手の攻めをかわしながら、間を詰め十分な間合いを作ろうとはしません。さすがに主審は合議を図ります。下されたのは佐藤選手の反則です。

 その後も上背のある佐藤選手に思い切りよく面に跳ぶも退かれ、届かない。次々と技を出すが惜しくも時間切れとなりました。

 主審の判断は会場内の誰もが納得するところですが、遅すぎるという声もあります。私もそう思いました。佐藤選手の面が素晴らしかっただけに残念です。この1本を守りに入ったと見られても仕方がないでしょう。

 久々な二刀流に会場が沸いた

 徳島県代表の山名信行(徳島県警)が全日本選手権では久々となる「二刀流」で出場すると、会場には「オー」とという歓声が響き渡ります。1回戦は今大会出場選手中、最年長の40歳で6回目の出場となる平尾泰錬士七段(東京・警視庁)に延長24秒、左手の小太刀でコテを決めて勝利。

 2回戦は延長戦早々、対戦相手の鹿野四段(山梨)にメンにいくところをコテを決められ敗れましたが、山名選手の戦いぶりに会場は大いに沸きました。全日本剣道連盟の記録によると「二刀流剣士」の全日本選手権出場は、1961年大会と63年大会に出場例があるだけだそうです。

 山名選手は「強くなるため、いろんなことを試したい」と、21歳から二刀流に取り組んだそうです。現在は県警機動隊に所属する32歳。初出場の大舞台に「出場できた上に、警視庁の大将も務めたことのある平尾さんと戦えただけで幸せ」と、マスコミの取材に答えていました。

 今大会から決勝戦の時間が5分長くなり10分になりました。このことで決勝戦は最後の最後まで気の抜けない激戦となりました。その結果が最後のメンの打ち合いとなったわけです。十分に楽しませてくれました。
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2007年03月29日

GAISF加盟で剣道の国際化どう変わる

国際剣道連盟(IKF)は、2006年4月7日に韓国ソウルで開かれたGAISF総会にて加盟が承認された。今回のGAISF加盟により「Kendo」の国際的な統括団体として、国際剣道連盟の名前が広く認知されることになった。

略称GAISFガイスフ、正式名はGeneral AssociationofInternational Sports
Federation。

日本語で言えば国際スポーツ技団体総連合、世界最大のスポーツ
団体である。1967年年発足。本部はモナコのモンテカロ。
なぜIKFGGAISFに加盟する必要があったのだろうか。当組織へ
の加盟申請は、欧州各国の連盟からの要望が大きかった。現在、
44の国や地域が加盟しているが、そのうち24団体が
欧州からの加盟である。

IKFのような国際組織がGAISに加盟していなと、正規のスポーツ団体として認められない傾向にあるという。つまり国際スポーツ競技としての「市民権」を獲得することで、政府から補助金を得たり、施設の使用許可が取りやすくなるなどのメリットは大きいという。

 日本と違い、剣道人口の少ない国や地域での剣道連盟の活動には、活動資金や稽古施設の確保は重要課題であるだけに、今回の加盟は各国の連盟にとっては大きな意義がある。そしてもう一つ、大きな理由があった。それはIKFが国際的な剣道の統括団体として認められる必要があったからだ。

そこには類似団体の存在があった。韓国の世界剣道連盟がそれだ。IKFに加盟する唯一の韓国の剣道組織である大韓剣道会さえ否定的な組織である。

 剣道宗主国論争は別にして、剣道をオリンピック競技としての参入を大きな目的としている団体の存在は、日本にとっては見逃すわけにはいかない。オリンピックの競技として認められるには、GAIFの加盟団体であることが条件である。

オリンピック参加の問題とは別に、国際連盟の名の下で剣道の
統括団体としてGAISFに認知されたらどうなるのか。仮に韓国の団
体が承認されれば、世界剣道の統括団体として、似て非なるスポーツ剣道が世界に広まることもありえる。

 GAISF加盟への道は、振り返ってみれば2003年のIKF理事会で申請を行うことが承認され、翌年の理事会で正式決定されたときからである。2005年のGAISF総会において、初の加盟申請をしたのだ。

しかし、大方の予想に反して加盟を否決されたのだ。賛成35、反対24、棄権7の結果で、承認に必要な4分の3の票を得ることができなかったのである。

 明解な否決理由が思い当たらないだけに、影で反対運動をした団体があったのでは、といった憶測さえ出た。そもそも世界剣道連盟とはどういう組織であるのか。

インターネットや韓国剣道雑誌による情報をまとめると、2001年に発足した組織であり、中心的役割を果たしているのがテコンドー関係者であることがわかった。また、その組織的母体は韓国剣道連盟という団体という。テコンドー同様にオリンピックへの参入と世界剣道連盟主導の剣道が国際化し、普及を狙ったものである。

世界のKendoが、kumdo(コムド)に席巻されることはないが、テコンドーと同じように世界中kumdo道場が開かれ、コムド人口が拡大
しつつあるのは事実だ。

世界的に見てまだまだ認知度が低いのが、意外にも剣道だ。空手や柔道と違い、天と地ほどの差があるのだ。わが国の剣道愛好家にとっては、オリンピック競技になるならないの話し以前の問題である。
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2007年02月19日

熱い日韓戦に思う

 剣道に限らず様々なスポーツ競技の大会で、韓国戦ともなると会場は異様な盛り上がりというか熱気に包まれる。韓国は日本に対しては特別な感情でライバル視している。

 先の剣道世界大会でも何が何でも日本に勝ちたいという雰囲気だ。それに対して日本勢は、あくまでも日本の剣道を世界に示しながらも強さを要求される。そのプレッシャーは相当のものだろう。

 日本の大会ではあり得ない応援団の歓声やブーイングは異様だ。一進一退の静かな駆け引きの中で戦う剣道の試合が、異種格闘技のノリとなってしまう。静かに見守る日本側応援団と、国旗を振り大歓声で応援する韓国側応援団と対照的だ。

 その一方で、世界大会でありそれぞれの国が、自国のプライドをかけて闘うのだから、そこに必死の応援があってもいいのではないかという感情も理解できる。逆に自国の選手が一生懸命闘っているのに、ただただ静かに観戦するだけの日本の応援態度がほかの国には奇異に映るかもしれない。

 私も観戦していて日本を破った米国や主催国の台湾などの応援振りは、むしろ普通にみえた。しかし、ブーイングはしない。そこが他国と韓国ではちょっと違う。そこまでして勝ちたいのかといわれれば、「そこまでして勝ちたいのが日本戦」ということだろう。

 韓国のそうした感情の根底にあるのは何か。ここで両国の間に横たわる負の近現代史について語るつもりはない。しかし、先日の新聞で見かけた記事などでも同様のことが感じられる。

 一見関係なさそうで関係があるのだ。新聞記事について触れてみたい。

 終戦直後の朝鮮半島から引き上げた日本人少女の苦難を描いた自伝的小説が今、米国で話題になっている。「竹林ははるか遠く」と題されるこの小説を書いたのは、マサチューセッツ州在住のヨウコ・カワシマ・ワトキンスさん。

 1945年夏、母親と姉の3人で朝鮮半島北部の羅南から釜山までの過酷な逃避行を描いている。当時11歳だったヨウコさんの実体験をもとに、戦争の悲惨さを訴える内容となっているのだ。

 話題と言うか、論議となっているのはこの小説が「教師用のガイドブックで推薦図書に指定されるほど評価が高く、全米の多くの中学校が11、12歳対象の読書教材として使うようになった」(読売新聞12月17日付け朝刊)ことに対し、韓国系米国人や韓国系米国人の父母から「歴史的背景の説明がない」「模写が生々しすぎる」として教材使用の禁止を求める運動を開始したからだ。(読売新聞記事から)

 そうした反発を受けた作者の記者会見場では「なぜ従軍慰安婦の問題を取り上げないのか」といった質問が韓国人記者から相次いだそうだが、11歳少女とその家族の過酷な運命と、体験した戦争の悲惨さを題材にしたことだけが論点で、現在の政府間の対応や対日感情の道具にされてはたまらない。

 韓国人社会での「対日感情」は根が深い。日本が朝鮮半島に対して行ってきた植民地支配の歴史は、戦後60年以上過ぎた今も怨念に近いものを残しているのだろうか。

 しかし試合後、日本選手団にサインを求める韓国人プレスや記念写真を求める韓国の女性選手団、親しく語らう日韓の審判団、こうした触れ合いも多々見られたのも事実だ。私も韓国プレスのカメラマンと親しくさせてもらった。

 すべてが「厳しい対日感情」という構図では割り切れないものがあるが、国民感情という点で微妙なずれというか、温度差がある。個人的には親しくなれても国家を背負うとなればまた話は別ということか、このダブルスタンダードの考え方は日本人は慣れていない。

 
 

 
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2007年01月29日

剣道普及に伴う新たなキーワード

 テレビ中継される機会があまりないのが剣道。時折NHK教育テレビのスポーツ教室や11月3日の剣道選手権大会ぐらいであろうか。学校でも剣道部が廃部になる傾向がますます増えるという。ことさら日本の文化や武士道を強調するつもりもないが、日本における剣道の存在は特別だ。昨年の世界大会での敗退を目の当たりにして、日本剣道の将来を危惧する剣道愛好家も多い。

 しかし、その一方で世界大会の舞台では日本代表らしい礼節と、機を捉え繰り出す多彩な技、理合十分に静と動のメリハリのあるその戦いぶりに多くの外国剣士が熱い視線を向けていた。まさに日本の剣道の美しさがそこにあった。

 こうした環境の中、剣道がどのように普及し、愛好家を増やしていけるのか。変化する環境の中にいくつかのヒントがある。

・女性や海外に飛躍的に普及
・中高年になっても続ける人が増え、シニア剣士の交流も深まる
・稽古会や道場連盟の交流が活発化
・文武両道への教育志向が高まる
・元気な中高年の生きがい作りに貢献
・ネット上での剣道つながりがさらに加速化
・ウエッブ上で知り合った個人、団体の稽古会が開かれる
・環境の変化にともない、剣道に関する知識、情報はより多くの人に伝わる ようになった。
・ネット環境の浸透によりこれまでとは違った立場の人が情報発信者になる
・ネット環境の浸透により限られた剣道社会の情報化と、国際化への傾向が 強まる。
・これまで剣道について知らなかった人でも気軽に情報に触れることが可能 となった。
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2006年12月14日

剣道世界大会で団体戦は日本が三位

 世界大会 007.jpg
今月8日から10日まで台湾で開催された第13回世界剣道選手権大会は、期待された男子団体戦で三位、個人戦優勝候補の呼び声も高かった原田悟選手の予選敗退、個人戦にエントリーしていた米屋勇一選手が怪我による出場断念など波乱含みの大会でした。

 まずは試合結果の報告です。( )内は登録剣連。

 12月8日女子個人戦 
 それぞれ予選を勝ち抜いてきたのは、やはり日本勢。準決勝は古室可那子(千葉)が下川美佳(鹿児島)にコテ、メンの2本勝ちで決勝戦に進出。一方、杉本早恵子(京都)が稲垣恵理(岡山)をメンで1本勝ちで決勝へと進む。結果、延長戦で杉本選手がメンで古室選手を破り優勝した。

 12月8日女子団体戦
 予想どうり韓国との決勝戦になった。ここでは女子の強さが際立った。決勝までの香港戦で5:0、ブラジル戦で4:0、ドイツ戦で4:0、決勝の韓国戦でも4:1で勝利を掴んだ。

 12月9日男子個人戦
 個人戦にエントリーしていた米屋勇一(埼玉)が、試合前日の稽古でアキレス腱断裂の怪我で不出場した。試合会場では車椅子で応援する米屋選手の姿が痛々しかったが、本人の悔しさ、辛さは察するに余りある。注目されていた原田悟(東京)だが、準々決勝の対戦相手Gil-Hyun Oh選手にコテで1本勝ちを許し敗退。しかし、順当にすべて2本勝ちで勝ち進んできた田中武志(京都)がGil選手をメンとコテの2本勝ちで決勝へと進出。

 今回は田中選手が積極的に繰り出す切れのいい技が会場を魅了した。旗は上がらなかったが、時折見せる片手突きに会場が沸いた。一方の決勝戦の相手は北条将臣(神奈川)。韓国のS.Kang選手との準決勝で繰り出したドウが、ここでも冴えた。思いきっり飛び込んでメンにいった田中選手に対してこれぞ胴打ちの見本のような抜きドウで一本勝ちを収めた。

12月10日男子団体戦
 強豪のハワイ勢、スウェーデン勢をすべて5:0で打ち破り、順当に決勝まで駒を進めると思いきや準決勝でアメリカに3:2で敗れてしまった。いかに強豪とはいえアメリカに敗れるとは、その思いは会場も同じ。アメリカの勝利が確実となったその瞬間、割れんばかりの歓声が会場に鳴り響いた。

 決勝戦では2:0で韓国の勝利となり、世界大会では初優勝となった。試合ではアメリカと韓国の剣道スタイルの違いが如実に現れた。アメリカはどちらかといえば日本同様に機を見てあるいは崩しての早い攻めを見せる。一方の韓国は打ちの強さ、振りの速さが際立っている。どんな体勢でも長身から繰り出すメンは破壊力がある。相手の竹刀を切り落としてのメンはまた見栄えがいいので、外国人審判はつい旗を上げてしまう。この力の強さに竹刀を落とされた選手が何人もいた。
 また、ステップを踏んでいるかのように前後左右に大きく動き、間合いをとる韓国選手のスタイルは独特だ。

 

2006年11月30日

試合チケットあります

 12月8日から開催される剣道世界大会まで、あと8日。9日と10日だけの観戦ですが、3泊4日の日程で応援にいってきます。

 実は当初予約していた試合チケットが、9日と10日の分1枚ですが余っています。席は900NTD シートです。日本円で3600円。両日合わせて7200円です。ご連絡いただければお譲りします。

連絡先shio13@nifty.com

2006年11月04日

内村選手が初優勝

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写真は原田選手です


 昨日、剣道全日本選手権を観戦してきました。結果は内村選手の初優勝。彼の果敢な攻め、攻撃的な剣道が効を奏して優勝に結びついた。前回の優勝者の原田選手は3回戦で筑波大の後輩、高鍋選手にメンを決められ完敗。連覇ならず。



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2006年10月31日

世界剣道大会チケットの入手は

 ようやく中華民国剣道協会のホームページが更新され、世界剣道大会のチケット入手方法がわかりました。

 日本では入手できません。当協会へメールかファックスで申し込みます。3種類のチケットタイプから席を選び、希望日と枚数を伝えます。

 後日、メールかファックスかわかりませんが、受領書が届きます。大会当日にその受領書と交換でチケットを購入します。支払いは台湾ドルだけです。

 発売されるシート数はNTD1200(4,236円)が208席、NTD900(3,177円)が1534席、NTD600(2,118円)が1084席です。

 入場料の高い指定席はアリーナ席のようなものです。

直接、台湾の協会へチケットを申し込む場合は、下記の連絡先まで。

 FAX:886−2−2891−8640
 E-mail:servive@rockndo.org.tw
 世界剣道大会観戦ツアーについてのお問合せはshio13@nifty.com または090-8871-9148までご連絡ください。担当:塩田

2006年10月17日

コムド(kumdo)とケンドー(kendo)について

 私たち日本人の剣道愛好家には、ほとんど知られていないことだと思いますが、韓国では剣道の発祥の地は韓国だという認識があるようです。

 韓国の剣道連盟に当たる組織が大韓剣道会(korea kumdo association)です。

 4年前に書かれたものですが、大韓剣道会専務理事のソ・ビョンユン氏の「コムドとケンドーについての多くの質問に対して」という文章を見つけました。

 これは韓国剣道界の立場からの主張ともいえますので、ここに紹介します。

 
 コムド (kumdo) とケンドー (kendo) についての多くの質問に対して…]

ソ・ビョンユン(大韓剣道会専務理事/8段)
著者 : ソ・ビョンユン
作成日 : 2002-01-17

「剣道」は大韓体育会の中の50の競技種目のうちの一つとして、当然全国の数多くの中・高・大学で育成している競技種目であるサッカーやバレーボール、野球、柔道、レスリングなどと同一に認められています。 全国体育大会の種目に採択されていますし、大統領杯の全国大会や、文化観光部長官杯の全国中・高・大学の大会など、数多くの全国規模の大会を通じて、数多くの優秀な選手が育成され、また活躍をしています。
高等学校や大学の特技者選抜種目として教育部で承認されていて、特定分野の国家機関では職員採用時の特技事項として認めていて、国立警察大学では必須履修科目の一つとして採択されています。

「学校」には小・中・高・大学のように国家が公認している学校があるかと思えば、老人大学、愛の学校などのように個人や特定地域や特殊目的で運営している学校もあります。 同じ「学校」の名称を使ってはいますが、老人大学を出たからといって、その人が正規の大学を出た人の学歴と同一視はされません。
剣道と類似剣道との差異点はまさにこのような点です。 一部の類似剣道種目で、剣道という名称を同じく使いながら商業的な側面から積極的なマーケティングをした結果として、その差別性を認識できない多くの一般人の勘違いと誤解によって多くの難点があります。 しかし、大韓剣道会ではいちいち対応せずに、剣道の発展にだけ尽力してきました。
けれど、たまに剣道をやっている学生たちのご両親から、○○剣道を何年もやったのに上級学校の特技生推薦が何故されないのかといった抗議をされるたびに、今後はもう少し積極的に類似剣道との差別性と我々の剣道の詳細な実像を知らせるべきではないかという気がします。

「剣道」という名称もそうです。
創始期から大韓剣道会を率いながら、日本・台湾・米国、ヨーロッパなどの剣道家たちと共に主導的に国際剣道連盟を創設した我々の先生方が力を入れて主張したのが、コムド (Kumdo) という用語についてのことでした。 剣道の宗主国はどこか?についての話は、とても難しくて敏感な懸案ですが、重要なことは刀を使う文化は石器時代から今日に至るまで、どの国にも存在したものであり、これをある特定国家の専有物と見なすのは難しいということです。
したがって、「日本のものか?! 韓国のものか?!」という話自体が、今日では取るに足らない話だと言えます。
今日、「サッカー」の宗主国はどこかと尋ねたら、もともと知らなかったり、知っていても「スコットランド」だと知っている人よりも、「ブラジル」だと思う人々のほうが多いでしょう。
バレーボール、ゴルフ、野球、レスリング、卓球などの種目がどの国のものなのかと、熱を上げながら宗主国ばかりを突き詰めていたら、周囲からは当然変に思われるでしょう。
剣道についても同じです。 しかし、敢えて突き詰めてみるとすれば、日本文化の多くの部分が百済から流入し、刀もまた百済から日本に伝わったと日本人自身が話しているので、剣法もまた当然そのようなルートを通じたと思います。
刀の場合、その代表的なものが日本の神社に奉献されている七支刀で、百済王が日本国の君主に権威の象徴として下賜したというのが定説になっています。
ワールドカップを前にして、韓日間の雰囲気造成のために去る年末に、日本王が「先祖のうちの日本の桓武天皇(西暦781−806年在位)の生母が、百済の武寧王の子孫」だという話を表明したことを我々は覚えていますが、当時強大だった百済から武寧王の子孫の女性を送る際に、単身で送ったのか、護衛の武士を同行させて送ったのかを想像してみれば分かるでしょう。
刀と武士が移動すれば、当然剣術も共に移動することになるのです。
そのほかに、百済人が日本王になった多くの記録については、Yahoo 検索で「古代日本天皇は百済人」という項目を参照すれば、剣術の伝来についても容易に想像できるでしょう。

剣術については、このほかにも昨年秋に発行された<大学剣譜>通巻15巻でイ・ホアム先生が記述した「日本武道学会参観記」を読んでみれば、百済の王仁博士と剣術、刀についての話が出てくるので、併せて参考にしてください。

しかし、現代剣道に関する限り、日本でこれを体系化させて競技化させたということを見過ごしてはいけません。 これは十分に認めなければなりません。 ただ、この剣道をさらに発展させ、また理論的な面や競技力の面で日本を凌駕する実力を備えて行くことが、我々のなすべきことだと思います。
それが真の宗主国の地位を取り戻すことだと思います。

剣道の名称は漢字で「剣道」と書き、読みは日本では「ケンドー」と読んで、中国では「チェンタウ」、韓国では「コムド」と読みます。 しかし、同じ内容です。 フェンシングの場合も、フランスでは "Fencing" と言いますが、イタリアでは "Scherma" と言い、どちらも同じ理由です。
このような用語上の問題については、国際剣道連盟の役員たちも同感していることであり、韓国が "Korea Kumdo Association" と呼ぶことについて、創始期から今日に至るまでこれを相互に認めてきているのです。
国際剣道連盟に登録した我々の団体名はそのようになっており、したがって国際機構や関連国家から大韓剣道会に来る全ての公文書や、大韓剣道会から国際剣道連盟をはじめとする全ての加盟国へ発信する全ての公文書でも、当然 "Korea Kumdo Association" となっています。 これをわざわざ我が国でさえもケンドー (Kendo) と言うのが正しいのではないかというのは、まるで我々が何故、蹴球や野球を Soccer や baseball と言わないのかというのと同じであり、また「日本」という国の国名をいう時、何故日本式に「ニッポン」と呼ばず、「イルボン」と呼ぶのかと言うのとも違わないでしょう。
世界的に多くの剣道家たちが韓国剣道に対しては Kumdo と呼んでいるのに、自分の名前を外国式に呼ばないとおかしいというのは若干行き過ぎた発想でないかと思います。

ずっと前に日本のNHK−TVで「歌謡の源流を探して」という番組を視聴したことがありますが、そこで多くの日本の音楽家たちが「歌謡の源流は韓国」であり、韓民族の恨と喜び、そして悲しみがよく現れている。 「韓国の歌謡曲が日本歌謡の源流になった」と話すのを聞きました。
そのとき討論に参加した韓国の著名な大衆音楽家であるキル・オギュン(吉屋潤 : ヨシヤ ジュン / 数年前に他界)氏が、「いや、歌謡の源流は日本だ。 むしろ韓国歌謡が日本歌謡の影響を受けた」と言って主張するのを見たことがあります。 我々が剣道に対してむしろこのような発想を持っているのではないか…と自問してみるべきです。
我が国の剣道は国家の体育競技種目であり、「剣道はその固有名詞なのだから、これを『ケンドー』と言うべきだ。」と主張する方々の真意が何なのか本当に分からなくて、心が痛いだけです。



一部のテコンドー家たちが「世界剣道連盟」を作ったという話については、ここで答える必要はありません。 剣道家ではない人々が何故そういう組織を作ったのかは知りませんが、誰が何の組織を作ろうがそれはこの資本主義社会では自由だからです。 ただ、国際剣道連盟には既に我が国を含んで50ヶ国以上が加盟していて、我々が副会長国として国際剣道連盟で主導的な地位に立っていて、現在オリンピック正式種目化のために中・長期計画の下に大韓剣道会が動いています。 3年ごとに開催される世界剣道選手権大会が来年7月、英国のグラスゴーで12回目に開かれますが、韓国チームの優勝のために現在、代表選手選抜及び訓練に全力を傾けているという事実を言いたいです。
剣道家でない人々が作った剣道団体10個が生まれたとしても、何の意味があるのか分かりません。
一方、韓国における「世界剣道連盟」の出現を「全日本剣道連盟サイト」に載せることによって、「大韓剣道会の立場を狭く」しようとする一部の悪意ある人々がいることはいましたが、むしろ両国の剣道連盟の間でお互いにこれを確認しながらオリンピック加入の当為性について意見を交換することになったきっかけを作ってくれて、感謝しています。

今年は自由掲示板に生産的で肯定的な掲示物が多かったらいいなと思います。
真の剣道家とは黙々と剣道修練をし、一方では我々の剣道の発展のために各部門から影で日向で多くの助言と助けをくれる方々だと思います。 我々はそのような方々の多くの生産的助言を受け入れ、これを実践して進んでいくことに全力を傾けようと思います。
また、大韓剣道会で行なうことをより詳細に知らせるために、ホームページを新年からもう少し改編することになります。 一方、今回心血を傾けて創刊された「月刊剣道」雑誌を通じて、各種の諸問題における大韓剣道会の立場を詳細に知らせるとともに、剣道家の良い文もたくさん載せる要請をしようと思いますので、定期購読に積極的に参加してくださればありがたいです。

また、韓国の主張するところの「スポーツとしての剣道」については、以下のサイトで詳しく述べられているので紹介しておく。

21世紀に向かって(範士8段李種林[イ・ジョンニム])
http://members.at.infoseek.co.jp/koreawatcher/docs/21c.htm
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2006年10月02日

剣道世界大会への期待と課題

 国対抗色や勝利至上主義を排除

 「世界大会にみる剣道の国際的課題」より
 ■植原吉朗(國學院大学)
http://www.budo.ac/kendo/international/international040510/international040510_1.html

「ところで、剣道の世界選手権では、前回大会から、スポーツ一般の世界的イベントに見られるような表彰式での表彰台、金銀銅メダル授与、国歌吹奏、国旗掲揚が撤廃されているのをご存知だろうか」

 「また競技日程中に選手が参加する合同稽古が置かれるような企画は、他の「スポーツ競技」では稀有だろう。今回はさらに開会式での開催国国歌吹奏や選手宣誓を廃した。これらは実は、スポーツ一般に見られる国対抗色の強さや勝利至上主義と一線を画す方向性を明確に打ち出したい日本剣道界の意向を反映したものだ」

 「団体戦の予選グループ対戦方式(各チーム総当たりでなく2対戦のみ)による決勝トーナメント進出決定法が必ずしも各チームの実力を反映せず不公平だとの指摘があるが、これも、タイトな日程に何とか試合を収める苦肉の策であると同時に、「昇段審査の立ち会い方式」を準用することで勝敗や優劣だけに囚われがちな傾向を敢えて問うことも意図しているのである」

 「剣道もとかく「スポーツの論理」に流されがちな昨今だが、今後も武道としての剣道の精神性や理念が維持されるかどうかは、国内よりも世界大会を通じて海外から問われることになるのではないだろうか」

 いささか長い引用で恐縮だが、同氏の論文より一部を紹介した。
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